Édouard Molinaro: l’un des plus grand réalisateur français
フランス映画の監督として知られたエドゥアール・モリナロ(エドアール・モリナロ)の近年の作品で容易く見つかる有名映画のDVDといえば、Ugo Tognazzi(ウーゴ・トニャッツィ)も出演している1978年のお洒落でゲイなミュージカルコメディの「La Cage aux Folles(Mr.レディ Mr.マダム)」くらいなもので、1976年の「H’homme Presse(プレステージ)」ですら見当たりません。(ウーゴ・トニャッツィはCatherine Spaak(カトリーヌ・スパーク)主演の「La Voglia matta(狂ったバカンス)」でデビューした) 海外のサイトでもエドゥアール・モリナロの作品としては、日本未公開でしたがBrigitte Bardot(ブリジット・バルドー)がカトリーヌ・ドヌーヴ風なファッションで主演した1964年の「Une Ravissante idiote(Ravishing Idiot/すてきなおバカさん)」以降、「Fantômas(ファントマ)」シリーズのLouis de Funès(ルイ・ド・フュネス)が主演した1967年の「Oscar」、Emmanuelle Béart(エマニュエル・ベアール)が主演した1985年の「L’Amour en douce(優しく愛して)」、1995年の「Beaumarchais l’insolent(ボーマルシェ/フィガロの誕生)」あたりの作品をリストアップしたサイトもありましたが、往々にして80年代以前の作品情報は少ないのです。 私は「Mr.レディ Mr.マダム」をアメリカでリメイクした1996年の「The Birdcage(バードケージ)」も観ましたが、エドゥアール・モリナロ監督の映画というならば私が好きな映画はゲイ・コメディではなく、なんといっても1950年代後期の作品なのです。
モリナロ監督が”ヌーヴェル・ヴァーグの巨匠”とは呼ばれてはいないのは残念ですが、私の好きな映画はフィルム・ノワール調の作品を含む1958年の「Le Dos au Mur(絶体絶命)」、1959年の「Des Femmes Disparaissent(殺られる)」と「Un Temoin Dans La Ville(彼奴を殺せ / きやつをけせ)」、そしてそれらとは別に、モリナロ監督としては異色な「Une fille pour l’été(ひと夏の情事)」などです。 ※ 但し日本語で「絶体絶命」と書かれたサントラ盤を持っていると思い込んでいたのですが、どう探しても見つからないので片手落ちの記事となりました。 ちなみにこの「絶体絶命」はミステリ作家のFrédéric Dard(フレデリック・ダール)の小説が原案となっているので脚本も手がけています。
Les films auxquels Edouard Molinaro a participé
音楽をエドゥアール・モリナロとのコンビで有名なGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)が担当した「ひと夏の情事」や、7人の監督による1962年のオムニバス映画「Les Sept péchés capitaux(新7つの大罪)」のMichel Legrand(ミシェル・ルグラン)が音楽を担当したモリナロ監督のセグメントの「L’Envie」は別にして、残りの3作品は”モリナロのシネ・ジャズ3大作品”と勝手に私が呼んでいます。
1928年にボルドーで生まれたエドゥアール・モリナロ監督は2008年には80歳になりますが、1960年代から俳優としても映画出演していましたが、日本では1973年にLino Ventura(リノ・ヴァンチュラ)が主演したエドゥアール・モリナロ作品でカメオ出演している「L’Emmerdeur(殺し屋とセールスマン)」しか見つかりません。 1970年になってから2005年までは主にテレビ界で2008年のゲイを扱ったScénarios contre les discriminations”(Dirty Slapping)のようなドラマ制作をしていたそうです。
映画俳優だった若きエドゥアール・モリナロの写真が見られるEdouard Molinaro – La Cinémathèque française
Cine-Jazz Soundtracks
1950年代にジャズを使用した有名なフランス映画といえば、Roger Vadim(ロジェ・ヴァディム)が監督しFrancoise Arnoul(フランソワ・アルヌール)が出演した1956年の「Sait-on jamais…(大運河)」でのThe Modern Jazz Quartet(MJQ)と、Pascale Petit(パスカル・プティ)が主演した1958年の「Les Tricheurs(危険な曲り角)」、そしてシネ・ジャズの最高傑作と呼ばれる映画は1957年の「Ascenseur pour L’echafaud(死刑台のエレベーター)」です。 エドゥアール・モリナロ監督もフランス映画でジャズのサウンドトラックが大いに話題となったこの時期に立て続けにシネジャズ作品を監督しています。 エドゥアール・モリナロのシネ・ジャズ3大作品として私が勝手に取り上げた作品はタイトルもハードボイルド調に凄みのある「絶体絶命」と「殺られる」と「彼奴を殺せ」です。
Trois film “Noirs” d’Edouard Molinaro avec le jazz
Le dos au mur (絶体絶命) (1958) (DVD)
このDVDは視聴覚障害の方々に向けて台詞だけでなく音楽や効果音の説明、話者表記等が加えられたバリアフリー字幕となっています。 ブルーレイ版は全世界共通のリージョンフリーです。(Blu-ray)Le dos au mur(ASIN: B014557T7W)
Le Dos au mur (1958) Bande Annonce – YouTube
Le Dos au mur (1958) – Générique de débu(opening credit) – YouTube
※ ストーリーを追って写真が見られるDos au Mur, Le (1958) – Noirish
短篇映画を監督していたエドゥアール・モリナロ監督が27歳で長編映画デビューし、原作者のフレデリック・ダールも脚本を担当した「絶体絶命」はJeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)が主演したサスペンスもので、グロリア(モロー)の夫ジャック役はMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)の最後の夫だったGerard Oury(ジェラール・ウーリー)です。 当初モローの役はミシェル・モルガンにオファーされたのですがまだウーリーとは交際が公になってなかったので断ったとか。 そのウーリーは「絶体絶命」あたりを最後に俳優から監督に転じ、ブリジット・バルドー主演の「バベット戦争へ行く」とリノ・ヴァンチュラ主演の「彼奴を殺せ」で脚本を手がけました。 1969年にはベルモンドと「悲しみよこんにちは」のデヴィッド・ニーヴンや「ベビイドール」のイーライ・ウォラックが出演した初めての英語作品「Le cerveau(大頭脳)」など10本ほどの映画を監督しています。 1963年にウーリーが監督して成功を収めた「Le crime ne paie pas(悪い女)」は3話からなるオムニバスでダニエル・ダリュー、クリスチャン・マルカン、アニー・ジラルドなどに加え細君のミシェル・モルガンも出演しています。
同じくジャンヌ・モローが主演したヌーベルバーグの代表と呼ばれる1967年の「死刑台のエレベーター」の1年後の作品です。 知識人に人気だったフランスの推理小説家のFrédéric Dard(フレデリック・ダール)の1956年の”Délivrez-nous du mal(Le dos au mur)”をモリナロ監督が映画化したものですが、フレデリック・ダールのサスペンス作品の映画化には1960年にMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)が主演しRobert Hossein(ロベール・オッセン)が監督及び主演したスリラー映画の「危険な階段(Les Scélérats)」、ロベール・オッセンの父であるAndré Hossein(アンドレ・オッセン)音楽を担当した映画では1961年の「Les Menteurs(激しい夜)」、1963年にロベール・オッセンが主演したGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)音楽の「Le Monte-Charge(夜のエレベーター)」などがフレデリック・ダールが脚本を手がけていますが、Francis Carco(フランシス・カルコ)の小説でダールがアンドレ・ペルガマン監督と共同で脚本を手がけた映画には1955年の「M’sieur la Caille(狩込み)」があります。 カルコは1922年にアカデミー・フランセーズ賞を受賞した「L’Homme traqué (追ひつめられる男)」(ジェズュ・ラ・カイユ)を書いた歌手で俳優の仏作家でした。 「死刑台のエレベーター」の前年にジャンヌ・モローがパリの娼婦を演じた「狩込み」はJoseph Kosma(ジョセフ・コズマ)の物悲しいテーマ曲”Bonjour Paris”が魅力です。
ところで、当記事の題を最初は「エドゥアール・モリナロの三大シネジャズ」にしようとしたのですが、手持ちのはずの「絶体絶命」のレコードが見つかりませんので、この記事はエドゥアール・モリナロの三大フィルム・ノワール(犯罪映画)となります。
1957年に年フランス探偵小説大賞を受賞したFrédéric Dard(フレデリック・ダール)の小説のDélivrez-nous du mal(私たちを禍から救ってくれ)をもとにして原作者自身が脚色も手掛け、François Chavane(フランソワ・シャヴァヌ)が脚色及び制作した映画「絶体絶命」の英語のタイトルは”Back to the Wall”というそうです。
「絶体絶命」はパリを舞台に展開されるミステリーで、妻(ジャンヌ)と若い男の浮気を知った実業家(ジャック)が妻を自分の手元に引き戻したいがために仕組んだ罠について描かれています。 他人になりすました夫のジャックは浮気をネタに妻のジャンヌを脅迫して若い恋人がその犯人だと思わせようと画策するのです。 揺すられた紙幣から確証を得たと思い込んで恋人を射殺してしまったジャンヌをかばうために、夫のジャックがその死体を建築現場の塀の中に塗りこめたのです。 ジャックはこれでジャンヌは自分の元へ戻る!とおもいきや、ジャックが持っていた他人名義のパスポートがジャンヌに見つかり、脅迫者が夫であったことを知った妻はショックのあまりに自害してしまうのです。 しかし、夫に裏切られたジャンヌはただでは死にません。 事実を書いた手紙を警察に送っていたのでジャックは自分が埋めた死体がコンクリートから取り出されるのを見つめるはめになったのでした。 一方、これとは逆に「死刑台のエレベーター」ではジャンヌ・モローが犯行の証拠となる写真が現像液の中で浮かび上がるのを刑事と共に見つめるシーンがありました。(完全犯罪は難しい)
「絶体絶命」の原作者フレデリック・ダールが脚本を手がけた映画には2017年に89歳で亡くなったジャンヌ・モローが主演した1955年の「M’sieur la Caille(狩込み)」がありますが、音楽がAndré Hossein(アンドレ・オッセン)の1960年の「Les Menteurs(激しい夜)」、Gérard Oury(ジェラール・ウーリー)が監督し医師役でも出演した1961年の「La Menace」、そしてフランソワ・シャヴァヌが脚色及び制作してLino Ventura (リノ・ヴァンチュラ)が主演した1959年の「Le Fauve est lâché(野獣は放たれた)」があります。 リノ・ヴァンチュラといえば1954年のデビュー作品「Touchez pas au grisbi(現金に手を出すな)」の後、1957年にLouis Malle(ルイ・マル)が監督した「死刑台のエレベーター」での刑事役が忘れられません。
「絶体絶命」の写真が見られるFoto di Spalle al muro – FILM.TV.IT(FOTOをクリック)
「絶体絶命」の音楽はRichard Cornu(リシャール・コルヌ)の作曲です。 リシャール・コルヌは1960年にJean-Paul Belmondo(ジャン・ポール・ベルモンド)とSylva Koscina(シルヴァ・コシナ又はシルバ・コシナ)が出演したJacques Dupont(ジャック・デュポン)監督の「Les Distractions(恐怖の虜?)」やベルモンドとマリー・ラフォレが出演した1982年の「l’As des As(エースの中のエース)」と1961年にAnnie Girardot(アニー・ジラルド)やChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)が出演した「La proie pour l’ombre(不倫の影)」など1950年から1960年の映画音楽を十数本手掛けています。
Des Femmes Disparaissent (殺られる) (1959)
1959年のエドゥアール・モリナロ監督の大ヒット作品は日本では映画そのものよりもサウンドトラック(テーマ音楽)が良く知られている「殺られる」で映画のオープニングに流れます。 暗黒小説家のAlbert Simonin(アルベール・シモナン)の原作でフランスの港町のマルセイユを舞台に女体の海外密輸を扱った犯罪小説です。 初シネジャズ映画の「大運河」や「悪党ども」に続いてRobert Hossein(ロベール・オッセン)がPierre(ピエール)役で主演して、清純派(肉体派?)女優のEstella Blain(エステラ・ブラン)が演じるピエールの恋人で幼子の母親であるBéatrice(ベアトリス)が危うく人身売買で売り飛ばされそうになるのを阻止する内容です。 殺し屋トムがボスの言いつけで殺した手下をピエールの通る裏道に放置して死体の下にピエールの財布を置いたので殺人の疑いはピエールに。 ピエールはそのトムの車に忍んでベアトリスが連れて行かれたパーティに潜入しようとしたのですがトムに裏をかかれてしまいます。 助けてくれようとしたコラリーヌが殺し屋に見つかりリンチを受けていたのでピエールは自力でワイヤーを切って脱出し、屋敷のパーティー用の飲み物に粉薬を入れているのを目撃するピエール。 コラリーヌの助けでようやく屋敷を脱出したピエールとベアトリスでしたが……
「殺られる」はピエールがベアトリスを貧しい娘たちを食い物にするギャングの毒牙から助け出すストーリーですが、一介の労働者一人が国際秘密売春組織の一味と闘うなんて無謀とも思えます。 ですが恋人を愛すればこそ成し得たことでしょうか。 この他の出演者には1958年の「Bell, Book and Candle(媚薬)」のビートニク・クラブで歌っていたシャンソン歌手のPhilippe Clay(フィリップ・クレー)がギャングの手下の殺し屋トムを怪演していますが無情なばかりでなくいつもクチャクチャ噛んでいたガムで手下の眼を見えなくして袋叩きにするような悪戯もします。 シャンソン歌手でもあるMagali Noël(マガリ・ノエル)は若い女たちの囮となるお針子のCoraline(コラリーヌ)役で出演していますが気の毒にとガレージに転がされたピエールを助け、警察がボスの館に踏み込む最後にはピエールの背後を狙うギャングを警告しその銃弾で死んでしまいます。
原作者のアルベール・シモナンは1953年のTouchez pas au grisbi !(現金に手を出すな)が最も有名で映画化もされています。 Jean Wiener(ジャン・ヴィーネ)が作曲しJean Wetzel(ジャン・ウェッツェル)がハモニカで演奏したテーマ曲の”Le Grisbi(グリスビーのブルース)”がヒットしました。
映画音楽にはモリナロ監督がArt Blakey & The Jazz Messengers(アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャース)を起用し18曲のジャズが映画を通して流れます。 これがフランスのヌーヴェルバーグ映画とジャズの決定打として好評を博しました。
「殺られる」で主演したロベール・オッセンは1961年の「絶体絶命」同様にフレデリック・ダール原作の映画化である「La Menace」など何本か監督もしています。
Des Femmes Disparaissent Soundtrack EPIC NS-46
左の画像は私の手持ちのEP盤のサウンドトラックで、Art Blakey & The Jazz Messengers(アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャース)が演奏する”Générique(”殺られる”のメインテーマ)”と”Pierre et Beatrice(ベアトリスのブルース)”を収録してあります。(画像はエステラ・ブランとロベール・オッセン) ”Generique(テーマ)”はオープニングで、”Pierre et Beatrice”はフィナーレで流れます。 演奏メンバーはドラムのアート・ブレイキー、テナーサックスのベニイ・ゴルソン、ピアノのビビー・ティモンズ、そして越路吹雪が主演した帝劇ミュージカルの「Morgan Oyuk(モルガンお雪)」が有名だった当時はリー・モルガンと表記されたトランペットのLee Morgan(リー・モーガン)です。
音楽を担当したアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャースは1958年の「Les Tricheurs(危険な曲り角)の後、1959年に「殺られる」のサウンドトラックを担当し、そして1960年には「Les Liaisons Dangereuses(危険な関係)」を手掛けることになります。
まさにアート・ブレイキーの三大シネジャズです。
「殺られる」のサウンドトラックはオリジナルが1958年にアート・ブレイキーがパリで録音した19曲収録しています。 なんといってもアート・ブレイキーのドラム演奏をメインに迫力のある曲が魅力です。 タイトルバックに流れるテーマ曲の”Générique(ジェネリーク)”とフィナーレの曲で”Pierre et Beatrice”と”Final pour Pierre et Beatrice”などです。 演奏メンバーはドラムがArt Blakey(アート・ブレイキー)、テナーサックスがBenny Golson、トランペットがLee Morgan(リー・モーガン、ピアノがBobby Timmons(ボビイ・テシモンズ)、そしてベースがJymie Merritt(ジミー・メリット)です。
☆「殺られる」の音楽情報について詳しくはAudio-Visual Trivia内のArt Blakey アート・ブレイキー
Des Femmes Disparaissent/Les Tricheurs Soundtrack2003年リリース盤はアート・ブレイキーが音楽を担当した「殺られる」と「危険な曲がり角」のサウンドトラックを一緒に収録したアルバムです。
Des Femmes Disparaissent
オリジナルが1977年のリリースで23曲を収録した「Des Femmes Disparaissent/Les Tricheurs」の1990年盤についてはRoy Eldridge(ロイ・エルドリッジ)の記事にCD画像があります。
「危険な曲り角」のサウンドトラックは米国の名だたるジャズメンを集めたJATP(Jazz at the Philharmonic/ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)の豪華メンバーがパリで録音しています。
名だたるメンバーとしてはOscar Peterson Trio(オスカー・ピーターソントリオ)、トランペットはロイ・エルドリッジやDizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)、そしてテナーサックスはColeman Hawkins(コールマン・ホーキンス)などが参加して”Generique(テーマ)”や”Blues pour Doudou”など演奏しています。
♪ 試聴はDes Femmes disparaissent / Les Tricheurs – Muziekweb.nl
Jazz Et Cinema Vol.2 -Les Tricheurs / Des Femmes Disparaissent / La Bride sur le cou
「危険な曲がり角 / 殺られる」に加えて「何がなんでも首ったけ」も抱き合わせた2001年にユニバーサルからリリースされた国内盤は既に廃盤となっているそうですが、Amazon.co.jpでは「ジャズ&シネマ(2)」として置いてあります。
♪ 試聴はJazz in Paris: Jazz & Cinéma, Vol. 2 – Mora.jp
「La Bride sur le cou(何がなんでも首ったけ)」は1961年にブリジット・バルドーの着ぐるみヌードが話題となった映画です。 ”Bride sur le Cou”のテーマと”Brigitte Strip Blues”の演奏はピアノがGeorges Arvanitas(ジョルジュ・アルヴァニータス)のトリオに テナーサックスがJean Louis Chautemps(ジャン・ルイ・ショタン)とフレンチホルンがBernard Vitet(ベルナール・ヴィテ)だそうです。
Des Femmes Disparaissent DVD
ページトップの画像はエドゥアール・モリナロ監督のフィルム・ノワールの1本で「殺られる」のDVDですが現在はなんとマーケットプレイスでヴィンテージ価格の一万円!
VHSでは1998年の字幕版の「殺られる」(ASIN: B00005GPCH)がヴィンテージ価格の一万五千円であります。
Un témoin dans la ville (彼奴を殺せ) (1959)
推理作家のPierre Boileau(ピエール・ボワロー)の小説の原題が「俺を見た奴(直訳は街角の証人)」をモリナロ監督が映画化したものです。 ピエール・ボワローの原作は1952年に書いた”Celle qui n’était plus”が1955年にHenri-Georges Clouzot(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)監督の「Les Diaboliques(悪魔のような女)」として映画化され、1954年に書いた”D’entre les morts”が1958年にAlfred Hitchcock(アルフレッド・ヒッチコック)監督によって「Vertigo(まめい)」として映画化されているのが最も有名です。
映画「彼奴を殺せ(きゃつをけせ)」は1958年の「絶対絶命」と「殺られる」に続くエドゥアール・モリナロ監督のフィルム・ノワール映画の3作目になります。
※ちなみにフィルム・ノワールとはフランス語で”黒い映画”という意味ですが、1940年代後期から1950年代のハリウッド映画の中でも犯罪ものを指すそうです。 1930年代のアメリカの恐慌時代に始まった道徳的には如何わしくてセクシーな刺激を強調したハードボイルド映画に端を発しているのだとか。
「彼奴を殺せ」は妻を事故に見せかけて殺された夫の復讐劇です。 ストーリーは男に誘惑されて捨てられた(殺された)自分の妻のための復讐を遂げた夫でしたが、殺した妻の愛人だった男の家の前で男が呼んであったタクシー運転手に顔を見られてしまいます。 その運転手も消さねばと、殺害する目的でタクシーを探します。 彼奴を殺せ!
ようやくのことでそのタクシーに乗りこんだのですが事情を察知した運転手は無線で会社に車内の会話が聞えるようにしたのでタクシー会社が応援隊を出動させたのです。 タクシーの一群にどんどん追い詰められる殺人犯の夫、そこに警察も加わってまさに絶対絶命!
手に汗握る追跡劇が展開します。
後の1975年にモリナロ監督はリノ・ヴァンチュラが殺し屋を演じた「L’Emmerdeur(L’ Pain in the A)」を監督しています。 モリナロ監督がバーテンダーでカメオ出演した他にはシャンソン歌手のJacques Brel(ジャック・ブレル)も出演しています。
※「彼奴を殺せ」はリノ・ヴァンチュラが主演するフィルム・ノワールの名作となったサスペンス映画で、「Classe tous Risques(墓場なき野郎ども)」でジャン・ポール・ベルモンドのガールフレンドを演じたイタリア女優のSandra Milo(サンドラ・ミーロ)がタクシー運転手の恋人役を演じる他、Francoise Brion(フランソワーズ・ブリオン)も出演しています。
「彼奴を殺せ」の音楽を手がけたのは「死刑台のエレベーター」で有名になったBarney Wilen(バルネ・ウィラン)ですが、1959年に Fontanaからリリースされたサウンドトラック「Score – Un Temoin Dans La Ville」の他にも同年にアルバム「Barney」でテーマ曲の”Un témoin dans la ville”を収録しています。
♪ 試聴は類似したアルバムBarney Wilen Un témoin dans la ville (1959) {Original Motion picture Soundtrack} – Qobuz.com
Un Temoin dans la Ville Soundtrack
モリナロ監督は「彼奴を殺せ」のサウンドトラックにも「殺られる」に続いてBarney Wilen(バルネ・ウィラン)を起用し、サウンドトラックにジャズを取り入れています。 バルネ・ウィランは1957年に「死刑台のエレベーター」でMiles Davis(マイルス・デイヴィス)と共に演奏した当時若手のテナーサックス奏者で、このサウンドトラックではピアノのDuke Jordan(デューク・ジョーダン)、ベースのPaul Rovere(ポール・ロベール)、元MJQのドラマーだったKenny Clarke(Kenny Clarke Quintet/ケニー・クラーク)、トランペットのKenny Dorham(ケニー・ドーハム)と演奏しています。
Barney Wilen – Melodie Pour Les Radio-Taxis
「彼奴を殺せ」のサントラでは1946年にCharles Trenet(シャルル・トレネ)とLéon Chauliacの共作のお別れを歌うシャンソン、”Que reste-t-il re nos amours?(愛の名残り又は残されし恋には)」という曲が取り上げられています。 この曲は1955年に作曲家のAlbert Beach(アルバート・A・ビーチ又はLee Wilson名義)が英語の詩をつけた”I Wish You Love”を1963年にChris Connor(クリス・コナー)が”Goodbye, no use leading with our chins…”と歌っていますが、オリジナルが1978年というクリス・コナーのジャズ・アルバム「Sweet and Swinging」に収録されています。
Jazz in Paris: Jazz and Cinema, Vol. 1
Un Temoin dans la Ville/Cracher Sur Vos Tombes
2001年にリリースされているアルバムのジャズ&シネマ(1)ではバルネ・ウィランの「彼奴を殺せ」と、アラン・ゴラゲールの「墓にツバをかけろ」のサウンドトラックを一緒に収録しています。 「彼奴を殺せ」のメンバーはテナーサックスがバルネ・ウイラン、ドラムがケニー・クラーク、トランペットがケニー・ドーハム、ピアノがデューク・ジョーダン、そしてベースがポール・ロヴェールとなっています。 「彼奴を殺せ」だけでは「彼奴を殺せ オリジナル・サウンドトラック」という1995年にリリースされています。
J’irais cracher sur vos tombes Soundtrack
1959年にBoris Vian(ボリス・ヴィアン)の脚本でMichel Gast(ミシェル・ガスト)が監督した黒人なりきり映画はアメリカ南部における黒人差別をテーマとした「 I Spit on Your Grave(墓にツバをかけろ)」ですが雰囲気はフランス映画そのもの。 フランス人俳優のChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)が弟をリンチで殺されて復讐の鬼と化した黒人の兄を演じていますが、復讐の相手であるチンピラのボスのスタンの婚約者のリズベートと図らずも恋に落ちてしまういます。 その美女をクリスチャン・マルカンが「Une vie(女の一生)」で共演したイタリア女優のAntonella Lualdi(アントネラ・ルアルディ)が演じました。 弟の仇を討つ目的で次々と白人女と関係し、リズの首をロープで締めようとしたジョーだった。 ジョーは真実の愛を見つけたのだが哀れにもカナダへの恋の逃避行が警察の手により阻止されて成就しなかった。(某映画サイトのレビューで見かけた間違い! 警察に追われたこの場面で二人は折り重なって倒れていません) 最後のショットは国境に向かって手を伸ばしたジョーの指先、黒人の証明として消えることなきその爪。
「墓にツバをかけろ」の日本語字幕版DVDは「ASIN: B00008CHD7」(ですが新品だと4000円から1万円位) ちなみに私が過去に購入したDVDは「墓場なき野郎ども/墓にツバをかけろ」(ASIN: B000BKJKX2)という「墓」がらみの抱き合わせDVD日本語字幕版でしたがそれも現在は入手困難で新品だと5000円くらいで時には2万円ほどします。
J’Irai Cracher Sur Vos Tom – Blues de Memphis by Alain Goraguer – YouTube
「墓にツバをかけろ」の音楽はL’eau A La Bouche(唇によだれ)のAlain Goraguer(アラン・ゴラゲール)が担当し、アメリカ南部のミシシッピ州メンフィスという土地柄に合わせてブルースハープ(小型ハーモニカ)を使ったちょっとブルース調の音楽です。 テーマ曲の”Blues de Memphis”は映画の冒頭で港の荷揚げのシーンで一見白人に見えるジョー(クリスチャン・マルカン)の弟のジョニー(全くの黒人)がブルースハープで奏でていました。
この後のシーンは白人女性と情を通じたとしてリンチ(不法な制裁)にあった弟が森で吊られているのをジョーが見つけるのです。(人種差別のあった当時のアメリカ社会では白人と黒人が一緒にいるところを見られても大変なことでした) 「I dolci inganni(十七歳よさようなら)」や「Il dolce corpo di Deborah(デボラの甘い肉体)」に出演したフランスの美男俳優であるJean Sorel(ジャン・ソレル)がもったいなくもスタンの情けない手下の一人を演じています。 中盤ではトレント町のシャドレイの本屋をまかされたジョーがゆすりを働くチンピラのボスである裕福なスタンの手下の女に誘惑されようとする時や、その後のリズベート(エリザベス)が尋ねて来た時にジョーが弟の形見のブルースハープで”Blues de Memphis”を吹きます。 ちなみにジャン・ソレルはMauro Bolognini(マウロ・ボロニーニ)が監督した1960年のサスペンス「La giornata balorda(狂った情事)」もしくは「From a Roman Balcony」で幼馴染の少女との間に男の子が生まれた貧しい二十歳の青年ダビデを演じました。 赤ちゃんが洗礼を受ける費用を工面するために仕事を得ようと努力するも持って帰った大金の出どころが… なんと青年が身篭らせた相手は「甘い生活」で海の家の天使のような女の子パオラを演じたValeria Ciangottini(ヴァレリア・チャンゴティーニ)です。
♪ 「J’Irai Cracher Sur Vos Tom」サウンドトラックには”Blues De Memphis”、”Theme D’Amour”、”Theme De Liz”などが収録されています。
♪ 試聴はJazz & Cinema Vol 1-Un Temoin Dans La Ville-J’Irai Cracher Sur Vos Tombes – Mora.jp
Temoin Dans La Ville / Blues de Memphis (EP) – EPIC NS-65
私の手持ちのEPレコードの「彼奴を殺せ」は別の映画で1959年の「J’Irai Cracher Sur Vos Tombes(墓にツバをかけろ)」のテーマ曲の”Blues de Memphis(褐色のブルース)”と抱き合わせになっています。(ゼロがひとつ多いのか、中古で5,040円という価格を見つけました) 当時大流行したサスペンス映画のカップリング盤といえますが、演奏はオリジナルのサウンドトラックではなくてピアニストの三保敬太郎が率いるModern Jazz Playboys(モダン・ジャズ・プレイボーイズ)です。 テナーサックス(フルート)が渡辺貞夫と宮沢昭、ドラムが猪俣猛、トランペットの林鉄雄、バリトンサックスが原田忠幸、ベース奏者が金井英人といったコンボです。 それと「褐色のブルース」のハーモニカは誰なんでしょうか。(まさかナベサダじゃ) これらの演奏を収録したモダン・ジャズ・プレイボーイズの映画音楽アルバム「Modern Jazz Screen Mood(モダン・ジャズ・スクリーン・ムード)」(ASIN: B002WQSVHE)
♪ 試聴はモダン・ジャズ・スクリーン・ムード モダン・ジャズ・プレイボーイズ – Tower.jp
日本人バンドが洋画のサントラをカバー(演奏)するといったことは「L’Eclisse(太陽はひとりぼっち)」のテーマがコレット・テンピアという寺岡真三率いる楽団だったというように当時はよくあったそうです。
Boris Vian (1920 – 1959)
ボリス・ヴィアンはフランスの作家ですがアメリカのハードボイルド作家であるRaymond Chandler(レイモンド・チャンドラー)が書いた”The Big Sleep(大いなる眠)”を1948年に「Le grand sommeil」として仏語翻訳したそうです。(「三つ数えろ数えろ」として映画化) チャンドラーに触発されてか、自身も黒人という触れ込みのVernon Sullivan(ヴァーノン・サリヴァン)名義で暴力的な通俗小説を書きました。(本名を隠すと皆さん大胆になれます) デビュー作は差別する白人への復讐に燃える黒人青年の残虐な犯行を描いた「J’irais cracher sur vos tombes(墓に唾をかけろ)」ですが、他のサリヴァン名義の作品の多くはその過激な内容から出版禁止を食らったそうです。 音楽面ではDon Cherry(ドン・チェリー)みたいにポケット・トランペット(trompinette)も吹いたミュージシャンでもありましたがSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)を作曲へ喚起したボリス・ヴィアンが書いたシャンソンでも、反戦歌とみなされた”Le déserteur(脱走兵)”などは放送禁止を食らったそうです。(Boris Vian1968年のPhilips仏盤LP”Le Deserteur”とJuliette Greco他全13シャンソン歌手集の”Le Deserteuret” (13 autres chansons pacipisters)、楽譜はBoris Vian – Grands Succès)
「墓にツバをかけろ」の映画化にあたり、しぶしぶ脚本を手掛けたボリス・ヴィアンは、作品のデキについてあまりに激怒したせいか若干39歳にしての試写会の最中に心臓発作で亡くなってしまいました。 音楽にはアメリカ南部らしくブルースを使用したMichel Gast(ミシェル・ガスト)監督の「墓にツバをかけろ」ではリンチに合って殺された黒人青年の兄であるジョー役を「大運河」のChristian Marquand(クリスチャン・マルカン)が演じ、リンチの主犯の恋人のリズベスをAntonella Lualdi(アントネッラ・ルアルディ)が出演している他、1960年のI Dolci Inganni(十七歳よさようなら)にクリスチャン・マルカンと共に出演したJean Sorel(ジャン・ソレル)も出演しています。
Magali Noël
「殺られる」の前に「La dolce vita(甘い生活)」に出演しているトルコ出身でイタリア映画で活躍したグラマー女優のマガリ・ノエルの代表作品は1957年のCharles Brabant(シャルル・ブラバン)監督の「Le Piège(鍵穴)」だそうで、Dany Carrel(ダニー・カレル)やRaf Vallone(ラフ・ヴァローネ)と共演しています。 原作では屍姦をも扱っている過激なフレンチ・フィルムノワール(犯罪映画)をJules Dassin(ジュールス・ダッシン)が1955年にPerlo Vita(ペルロ・ヴィタ)名義で出演し、脚本及び監督もした1955年のDu rififi chez les hommes(男の争い)はL’arbre de Noel(クリスマス・ツリー)が最後の映画音楽だったGeorges Auric(ジョルジュ・オーリック)ですが、マガリ・ノエルがL’Age Do’r(ナイトクラブ)のシーンでテーマ曲を歌ったり、1959年には同郷の歌手のDario Moreno(ダリオ・モレノ)と”Oh Que Mambo!”で共演しているように、マガリ・ノエルは妖艶な女優であるとともに歌手としても有名です。 「Rififi(男の争い)」では「激しい夜」で大富豪を演じたJean Servais(ジャン・セルヴェ)と共演しています。
1970年に”Les boîtes”や”Une énorme samba”なども歌っているマガリ・ノエルのアルバムにはBoris Vian(ボリス・ヴィアン)の曲をカバーしたシャンソンやダリオ・モレノとのデュエット、そしてAlain Goraguer(アラン・ゴラゲール)も関わっている「MAGALI NOEL / LES BOITES (PATHE MARCONI)」は見つかりませんが「Chante Boris Vian」というアルバムがあります。
♪ 試聴はChante Boris Vian – 7digital.com
ボリス・ヴィアン本人のアルバムで「Boris Vian chante Boris Vian」もあり。
フランス語ですが1956年から1989年までのマガリ・ノエルのセクシー画像付きたくさんのCDジャケットも見られて歌も聴ける素晴らしいサイト、Magali Noël Interprète des chansons de BORIS VIAN (♪青文字のリンクをクリックでダウンロード)
Lino Ventura (1919 – 1987)
リノ・ヴァンチュラはフランス映画のスターですが、イタリアの俳優なのです。 1954年のギャング映画の「Touchez pas au grisbi(現金に手を出すな)」は格闘家を目指していたせいか、がたいが大きく、デビュー作品であるにも関わらず既にポストJean Gabin(ジャン・ギャバン)かと思えるほど貫禄がありました。 リノ・ヴァンチュラはその後も次々とハードボイルド映画に出演しています。 1957年に「死刑台のエレベーター」、1958年に「Le Chemin des écoliers(学生たちの道)」、1960年に「Classe tous Risques(墓場なき野郎ども)」、Alain Delon(アラン・ドロン)と共演した1967年の「Les Aventuriers(冒険者たち)」、引退間近のブリジット・バルドーと共演した1971年の「Boulevard du rhum(ラムの大通り」などなどとフランス映画の全盛期には出ずっぱりの活躍をしていました。 リノ・ヴァンチュラは「死刑台のエレベーター」での刑事役から「Soleil Rouge(レッド・サン)」のTerence Young(テレンス・ヤング)が監督してギャングの抗争を描いた1972年の「The Valachi Papers(Cosa Nostra / バラキ)」でのVito Genovese(ビート・ジェノベーゼ)のようなギャングのボス役まで幅広く演じています。