Michelangelo Antonioni (1912 – 2007)
イタリアの映画の巨匠の一人、ミケランジェロ・アントニオーニの作品というとなにやら難しくて、娯楽作品の好きな私には単純に楽しめる類の映画ではないという感があります。 それでも惹かれるアントニオーニ映画の魅力とは何か。
女ともだち [DVD]
ミケランジェロ・アントニオーニの日本でのメジャー監督デビューというと、日本未公開だった1950年の「Cronaca di un amore(愛と殺意)」に続く1955年のLe amiche(女ともだち)」が長編映画の第三作目となるそうです。 「女ともだち」には1959年に「Estate Violenta(激しい季節)」で大ブレイクした「Eleonora Rossi Drago(エレオノラ・ロッシ・ドラゴ)がローマからトリノにやって来たオートクーチュールのマネージャーを演じ、「情事」にも出演したGabriele Ferzetti(ガブリエル・フェルゼッティ)がトリノのホテルで自殺を計ろうとした若い娘の愛を受け入れられなかったロレンツォを演じていますが、「情事」の原作である小説”Tra donne sole”を書いたCesare Pavese(チェーザレ・パヴェーゼ)も1950年にトリノのホテルで睡眠薬自殺を計ったのだそうです。 映画のなかの娘も2度目の自殺では本当に死んでしまいます。
アントニオーニ監督同様に、この作品で映画音楽を担当してメジャーデビューした作曲家のGiovanni Fusco(ジョヴァンニ・フスコ)は「愛と殺意」以降、1960年にDamiano Damiani(ダミアーノ・ダミアーニ)の監督のIl Rossetto(くち紅)をはさんで1964年の「赤い砂漠」までアントニオーニ映画に音楽を提供していました。(1961年の「夜」を除く)
Il Grido (1957年)
ページトップの画像はアントニオーニ映画としては第6作目に当たる「さすらい」のDVDです。(Il Gridoという原題でイタリア語英語字幕版の輸入VHSもあり)
「さすらい」と同じ時期の1957年にはヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれたフランス映画の「Ascenseur pour L’echafaud(死刑台のエレベーター)」が話題になりましたが、それほど派手には日本では取り上げられていませんでした。 よにも珍しき男のメロドラマ、それでも「さすらい」は観る者を惹きつける名作の魅力を秘めています。 映画のタイトルは英語では”叫び”とか”激しい抗議”という意味の「The Outcry」となっているそうです。 出演者としては、1949年の「The Third Man(第三の男)」が印象的だったAlida Valli(アリダ・ヴァリ)が一見身勝手ともみえるIruma(イルマ)を演じています。 スティーヴ・コクランがこの悲劇の主人公である精糖工場労働者のアルドを演じています。 舞台は北イタリア、白黒映画のせいもあるがなんて寂しいんだというほど荒涼としたPo Valley(ポー河)流域の貧しいが平和にみえる村の精糖工場の労働者として働くアルドが主人公です。 アルドは夫が外地に行ったきり消息不明の年上のイルマと知り合い、その後7年もの間同棲して6歳になる娘まで儲けていました。 そしてある日のこと、そのイルマの夫の死亡を知らせる通知が届いたのです。 いよいよ正式に結婚できると喜び勇むアルドにイルマは冷たく言った。 「私たちは話し合わなくちゃならないことがあるの。 私はこの数ヶ月で変わったわ。 今でも貴方を愛してはいるけれど、もう以前ほどではないの。 他の人のところへ行かせて」 イルマはその数ヶ月前から関係のあった若い男の元へと去っていったのでした。 娘のRosina(ロジーナ)を置き去りにして。
突然愛する女に捨てられて絶望したアルドは残された娘を連れて村を後にしポー河流域を”さすらい”、つまり放浪の旅に出たのです。 アルドには取り立てて娘への愛情は見られませんが、車に撥ねられそうになってビンタを食らった娘が父親から逃げるように駆け出して行ってしまい、老人の一団に出合って泣き出した時には「Non Piangere(もう泣かないで)」と父親らしく優しく慰めたのでした。 イルマが去った絶望感を埋められるかもしれないと過去の女を尋ねてみたり、何人かの女たちと関係を持ったアルドでした。 Dorian Gray(ドリアン・グレイ)が演じるヴィルジニアに出会いガソリン・スタンドで働くこととなり娘は故郷に帰したのでした。 流れ者が街道の店で働くようになるプロットはちょっと1946年のThe Postman Always Rings Twice(郵便配達は二度ベルを鳴らす)のような展開でしたが、父親と一緒の女だったので犯罪は起きませんでした。 この地で落ち着くのかとおもいきや、間もなくアルドは再びやさすらいを続けてLynn Shaw(リン・ショウ)が演じる若くて胸を患っている娼婦のアンドリーナとも出会いと別れがあった。 どんな女と出会ってもイルマのことは忘れられない、どこへ行っても孤独感は満たされないとさらに絶望を味わったアルドは「もうちょっと話し合わなくちゃ!」と言うアンドリーナを後に、さすらいの一年後にもとの村に舞い戻ってきてしまうのだった。 すぐさまイルマの家に行って窓から覗いてみるとイルマにはアルドの留守中に誕生した男の子がいた。 そのイルマは窓の外にアルドの姿を見つけて急いで後を追った。
あの静かだったアルドのいた村はたった1年後には工場用地の飛行場化阻止運動の真っ只中だった。 1960年頃の日本での成田の三里塚闘争を思わせるようなシーン。(あれほど過激ではないが) 闘争中の村人をよそに既に閉鎖された工場の敷地に入る孤独なアルドは懐かしい工場を感慨深げに見渡してから何を思ったか精製塔を目指して行く。 この精製塔は安定した生活の象徴なのか、さすらいの間に出会った女にも塔のことを懐かしそうに話していたっけ。 もうどうすればいいのかさえも分からないアルドは吸い寄せられるかのように一人塔の螺旋階段を登っていく。 静寂の中、アルドの靴音だけが鉄板の階段で冷たく響く。 ようやく駆けつけたイルマはアルドを見つけたがフェンス越しに声をかけるのを躊躇った。(なぜ?) 敷地を走り抜けるたイルマはすでに塔の最上階に向かうアルドを見つけた。 イルマが下から叫ぶ、「アルドー!」 一瞬幻聴か?とアルドは思った。 いや、違う、はるか下にイルマを見つけたアルドはイルマに向かって弱々しく軽く手を振る。 これも幻影かもと思ったのか、アルドの体がグラッと揺れる。 イルマの悲鳴と共に塔のてっぺんからアルドは落下。 駆け寄って地面に打ち付けられたアルドの身体に触れようとした両手を引っ込めるイルマ。(なぜ?) そして、そのまま、エンド。 なんてこったの悲劇的結末。 アルドの愛の不毛と疎外感、不条理とも呼ぶべき謎めいた行動をとったイルマという女はアルドが理解できないと同様に私も解せない人物でした。 端的に考えれば夫の留守中に男と同棲してしまった女がさらに別の男と関係を持ったのだが、夫の死亡が明らかになると同棲している男が結婚を迫ることは明白なのでそれを嫌ったために去ったということでしょうか。 そんな単純な動機じゃないのか、亡き夫の遺品すら要らないと言った女、わからない、わからない。
Il Grido (1957) Trailer – YouTube
Steve Cochran
カリフォルニア出身でワイオミングのカウボーイからブロードウエイの舞台に出演するようになったスティーヴ・コクランは1946年にThe Best Years of Our Lives(我等の生涯の最良の年)でVirginia Mayo(ヴァージニア・メイヨ)が演じた帰還兵フレッドの妻でナイトクラブで働くようになったマリーのボーイフレンドのCliff Scull(クリフ)を演じた後に、フィルムノワールで1946年の「The Chase」に「Les Scélérats(危険な階段)」のMichèle Morgan(ミシェル・モルガン)と共演してギャングのEddie Roman(エディ)を演じ、1949年に「White Heat(白熱)」でJames Cagney(ジェームス・キャグニー)が演じるギャングの手下のBig Ed Somers(ソマーズ)、1950年の「Highway 301(明日なき男)」では女も殺す極悪非道の武装ギャング団のGeorge Legenza(ジョージ・レジェンザ)を演じました。 「さすらい」に出演した後の1959年にThe Beat Generation(悪いやつ)に巡査部長のDave Culloran(デイヴ)役で出演しています。 3度の結婚と離婚を繰り返した183cmという長身のスティーヴ・コクランは恐持ての顔に似合わず(失礼)、「Wuthering Heights(嵐ケ丘)」のMerle Oberon(マール・オベロン)から人気金髪グラマーのMamie Van Doren(マニー・ヴァン・ドーレン)やJayne Mansfield(ジェーン・マンスフィールド)、そして大物女優のJoan Crawford(ジョーン・クロフォード)などと多くの女優と浮名を流したプレイボーイだったそうです。(ギャングのボスの妻を寝とって殺されたビッグ・エド役を演じた1949年の「White Heat(白熱)」などギャング映画時代のコクランをイメージすればなるほど) しかし48歳の時、3人の女たちを乗せたヨット上で謎の死を遂げました。 ミケランジェロ・アントニオーニ監督は女を殴るわ、女を殺すわというギャングがはまり役だったスティーヴ・コクランを突然女に捨てられて苦悩する男の役に起用したのですが、ギャングだろうと労働者だろうと、人間が孤独と絶望を味わうことは変わりないのでしょう。
「さすらい」の音楽はミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画には欠かせないジョヴァンニ・フスコで、冒頭には美しいピアノ曲が使用されています。 「さすらい」の音楽は「太陽はひとりぼっち」ほどは話題にはなりませんでしたが、冒頭のミルク配達が訪れて諍いが中断されるシーンから始まる雨だれ弾きにも似たピアノの旋律が不穏な状況を煽るかのように、またアルドの心中を代弁するかのように美しく流れます。 しかしラストシーンでは木琴と手風琴のような楽器で演奏されたテーマ曲の”Commento al Fil “が心に残ります。(Non Lo Saprai Mai =You’ll never know Itの方はどれなのか覚えていません)
“Commento al Fil “が収録されているサウンドトラックCDには「I Film di Antonioni ~ Giovanni Fusco」や「I Film Di Antonioni, Le Musiche Di Fusco」などがあるそうです。
L’Avventura (1960年)
L’Avventura DVD
「さすらい」よりもっと分からない映画がMonica Vitti(モニカ・ヴィッティ)がデビューした「情事」です。 出演者は「情事」の前の1960年にJacqueline Sassard(ジャクリーヌ・ササール)が主演した「Nata di marzo(三月生れ)」でも中年の建築技師のSandro(サンドロ)役だったGabriele Ferzetti(ガブリエレ・フェルゼッティ)が消えた姿無きヒロインである”アンナ”の恋人のサンドロを演じます。 モニカ・ヴィッティが演じるクラウディアはヴァカンスも終ろうとする頃に仲良しのアンナに誘われてアンナの恋人の建築家とアンナ同様に優雅で退廃的な生活を送っている仲間たちと地中海の小島までヨット旅行をすることになった。 その途中に船から降りて無人島に寄ったのだが、恋人とうまくいってなかったアンナが突然姿を消してしまったのだ。 アンナはそれまでも一人で船からダイビングして泳ぐような気まぐれもみせていました。 仲間たち全員で無味乾燥な溶岩だらけの島を探しまわったがアンナの影も形もない。 ただ風が音を立てて吹くだけ。 捜索も打ち切られたがアンナの友人のクラウディアとアンナの恋人はかすかな希望を求めて近辺の島々を回った。 ところがクラウディアとサンドロはアンナの捜索の旅の筈が、アンナを気にかけながらの情事へと発展していく。 そしてローマに戻るとイタリアの町々でアンナ探しを続けたのだったが噂やガセネタばかりで依然としてアンナの消息はつかめない。(シシリアからローマへとちょっとイタリア観光案内) クラウディアは「今は君に夢中だ。結婚しよう」と言うサンドロとのことで自己嫌悪に苛まれるが仲間たちは消えたアンナのことなどもう忘れてしまった様子。 サンドロが見当たらないともしかしてアンナが生き返って二人は会っているのではないかと気が狂ったようにだだっ広い友人宅を探し回った。 すると、なんと、冒頭で裂けたスカートで男どもの関心を買ったあの女とサンドロが一緒だった。(その代償に女は金をせびったが) 木立を揺らして風が吹く。 心ここにあらずなクラウディアとサンドロのの情事は当然ながら確実なものではなかったが、いくら気まぐれのクラウディアでもそれは理解していたようだった。 これが重要な部分なんでしょうが、クラウディアとサンドロの何度にも渡る二人の関係についての長い会話を聞くのは私には辛抱が要ります。 この映画もミステリー映画のように消えたアンナはいったいどこ?と推理してみたり、二人は愛なき情事なのか?と通俗的な疑問など持ってはいけないアントニオーニの映画だから。
「情事」でもモニカ・ヴィッティは水着からスリップまで魅力的な衣裳を披露していますが、イタリアだけにドレスなどの肩紐はスパゲッティ・ストラップです。 私が一番気に入った服装は、「行方不明の若い女性を探すならユースホステルを探したら?」と宿のおかみに言われた時に着ていた上着のエリと袖口と裾だけが濃い色の柔らかそうなニットスーツです。
上記の画像は2008年にリリースされた日本語字幕版のDVDです。 2000年にリリースされた「L’Avventura」 の輸入版VHS(イタリア語)もあり。
Nico Fidenco’s Trust Me
「情事」の音楽は「さすらい」同様にジョヴァンニ・フスコ作曲で、主題歌の編曲及び指揮はEnnio Morricone(エンニオ・モリコーネ)です。 Nico Fidenco(ニコ・フィデンコ又はニッコ・フィデンコ)が歌う”Trust Me(トラスト・ミー )”が「情事」のテーマ曲として使用されました。 ニコ・フィデンコは1960年にClaudia Cardinale(クラウディア・カルディナーレ)が主演したFrancesco Maselli(フランチェスコ・マゼッリ)監督の「I Delfini(太陽の誘惑)」のテーマ曲の”What a sky(イタリア語ではSu nel cielo)”を歌って大ブレイクしたイタリアのポップス歌手で、同じくクラウディア・カルディナーレが主演した「La Ragazza con La Valigia(鞄を持った女)」の”Just That Same Old Line(鞄を持った女のブルース)”も歌っています。 ニコ・フィデンコはAlfonso Balcázar(アルフォンソ・バルカザール)が監督した1966年の西部劇「Dinamite Jim」のテーマ曲も作曲しているそうです。
“Trust me, Join me, You gotta a nest into my heart, Don’t you see, Now you’re a flame, Just like a slave wave in the air…”という歌詞に魅せられて”What a sky”と共に当時はEP盤を購入しました。
L’Avventura Trailer with “Trust Me” – YouTube
Trust Me by Nico Fidenco – YouTube
La Notte (1961年)
夜 DVD
いつも金髪のモニカ・ヴィッティは「情事」で戯れにかぶったカツラのような黒髪で金持ち娘のヴァレンティーナを演じます。 「夜」は私生活で長年連れ添った妻からの突然の別れを経験したミケランジェロ・アントニオーニ監督の「ナゼ?」という疑問が描かれているそうです。 作家としての限界を感じ初めて妻の不安に気付かない夫と、新しいドレスさえ気にも留めなくなった夫の心を自分に向けたい妻、共に疎外感を生じている夫婦の暗中模索物語。 作家のジョヴァンニをLa dolce vita(甘い生活)のMarcello Mastroianni(マルチェロ・マストロヤンニ)、その妻のLidia(リディア)をAscenseur pour L’echafaud(死刑台のエレベーター)のJeanne Moreau(ジャンヌ.モロー)が演じています。
ちょっと意表を突かれますが、映画の冒頭は夫婦の親しい友人のトマゾが入院しているミラノの病室から始まります。 夫婦がその末期症状のトマゾを見舞いに来ますが、真の友人の苦しむ様子は見るに耐えない。 病院を出た二人はジョヴァンニの出版記念会に出席したがリディアは抜け出して目的もなく一人で町を彷徨って夫婦がかって住んでいた場所にいた。
リディアから連絡があり迎えに行ったジョヴァンニは招待を受けた大富豪のゲラルディーニ氏のパーティに出かける予定があった。 しかし二人だけで過ごしたいと言うリディアに逆らわずクラブに行くことになる。 その時のリディアのおニューのドレスはキラキラ光る石がついたゴージャスなレースの上着付きで一番素敵です。 二人で訪れたナイトクラブでは代わり映えのしない似非ストリップショーを見たところでさしてムードが盛り上がるでもなく、リディアの気が変わって結局ゲラルディーニ氏のパーティに出向いた。 このパーティ会場でGiorgio Gaslini Quartet(ジョルジオ・ガスリーニのコンボ)演奏が始まります。 ジョヴァンニはそのゲラルディーニ氏邸で宝石をあしらったコンパクトを市松模様の床に滑らせて遊んでいた娘のヴァレンティーナに出会い虜になります。 倦怠感に蝕まれた夫婦にヴァレンティーナが絡んで一風変わった三角関係を展開しますが、長年連れ添った夫婦がそれぞれ夜を別々に過ごしても、既に冷え切った夫婦には何の感情の変化もなかった。 一緒に去っていく夫婦に向かって置いてけぼけを食ったヴァレンティーナ曰く、「貴方たち二人ともうんざりだわ」 リディアは電話で確認したトマゾが亡くなったことを映画の最後にジョヴァンニに告げている。 「貴方には親友でも私にとってはもっと意味がある人だった。 トマゾは私、私、私のことだけを話したのに、貴方は自分のことだけね。 もう貴方を愛せない」 「この問題に決着をつけよう。 愛してる」と言うジョヴァンニにバッグから手紙を取り出したリディアは涙ながらに読んだ。
“When I awake this morning, you were still asleep. As I awoke I heard you gentle breathing. I saw you closed eyes beneath wisps of stray hair and I was deeply moved. I wanted to cry out, to wake you, but you slept so deeply, so soundly. ” “In the half light you skin gloved with life so warm and sweet. I wanted to kiss it, but I was afraid to wake you. I was afraid of you awake in my arms again. Instead, I wanted to something no one could take from me, mine alone…this eternal image of you. Beyond your face I saw a pure, beautiful vision showing us in the perspective of my whole life…all the year to come, even all the years past.”
「誰からの手紙?」と訊ねるジョヴァンニにリディアが答えた。 「あなたのよ」 これで愛が再燃した。 「もう貴方を愛していない。貴方もそうでしょう。愛していないと言って」 これは倦怠期の夫婦のゲームなのか。 近代化の進んでいたイタリア北部がさらなる資本主義へと変革する高度成長期、物質文明や拝金主義に捕らわれた人々も何らかのトランスフォームをせざるを得ない。 しかし作家のジョヴァンニが生気を取り戻すのに果たして女が必要だったのか、ヴァレンティーナが。(冒頭の気の触れた女の件はどうなる。やはり誰でも良いのかも)
1961年に「Såsom i en spegel(鏡の中にある如く)」を監督した超辛口と定評のあるIngmar Bergman(イングマール・ベルイマン)が認めたアントニオーニの作品はこの「夜」と「欲望」だとか。
La Notte Trailer – YouTube
La Notte Opening Title – YouTube
La Notte Last Scene – YouTube
上記の画像は2009年にリリースされた「夜」の日本語字幕版DVDですが、「さすらい」と「夜」の2枚組DVDもあります。(DVDカバーは赤いが映画は白黒)
☆映画「夜」で私がずっと気になっていた針金細工がやっと分かりました! 突然のどしゃ降りで停電にもなった時、文学少女のヴァレンティナがジョヴァンニに自作の詩を呼んで聞かせた後で弄んでいた自在変形オモチャはインドの毬 Flexi-Sphere
☆ゲラルディーニ邸のパーティ会場に入る前にジョヴァンニが階段で見つけたヴァレンティーナの読みかけの本は「The Sleepwalkers(夢遊の人々)」、原題を”Die Schlafwandler”というオーストリアの作家のHermann Broch(ヘルマン・ブロッホ)が書いた三部作だそうです。(上巻は第一部と第二部で下巻は第三部)
詳しくはヘルマン・ブロッホ(1886~1951)
☆パーティで主催者のゲラルディーニ氏がロスト・ジェネレーションの米作家であるErnest Hemingway(ヘミングウェイ)に遭った話をしていますが、映画「夜」がイタリアで公開された1月頃までは生存していたのですが1961年の春に散弾銃で自殺を遂げたのでした。(亡くなったのはその数ヶ月後) それにしてもゲラルディーニ氏の会話のオチでヘミングウェイに「キューバに伺いますよ」と言ったら「君を撃ってやる」と返したという言葉は逸話でしょうが実にヘミングウェイらしいです。
La Notte Soundtrack ANGEL records 45rpm HM-1149
La Notte(夜)の音楽はこれまでのジョヴァンニ・フスコではなく、この映画の音楽で1962年のシルバーリボン賞最優秀作曲賞を受賞し、楽団として映画にも出演したジャズ・ピアニストのGiorgio Gaslini(ジョルジオ・ガスリーニ)が手掛けています。 オープニングの曲はジャズとはいえないビル工事をイメージした雑音のようなシンセな曲で、映画のなかで流れるBGMは一人町をさまよったリディアをジョヴァンニが迎えに行くシーンとパーティシーンと、明け方リディアとヴァレンティーナの蟠りを解すシーン(告白か吐露)では庭で演奏しているのが聞える以外は殆どありません。 広場で打ち上げているロケット花火は別としても、突然のヘリコプターのプロペラ音や飛行機の爆音、サイレン、豪雨、雷など不穏な時代を演出するような効果音が多いサウンドトラックです。 ピアニストのジョルジオ・ガスリーニのカルテット(4人コンボ)の演奏はジョヴァンニ夫婦がパーティ会場に到着してすぐ演奏されますが、ラスト・シーンのゲラルディーニ家のパーティの終盤、突然のどしゃ降りでお開きとなる頃に流れる曲は”Blues All’Alba(暁のブルース)”で、明け方のリディアとヴァレンティーナの会話シーンとラストの夫婦の会話シーンではBGMとして聞えてきます。 パーティの前にジョヴァンニとリディア夫婦が出かけたクラブでのセクシーショーの伴奏として演奏された曲が”Notturno Blues(夜のブルース)”です。 Giorgio Gaslini Quartet(ガスリーニ・カルテット)の演奏がみられるシーンは2度あります。 B面の曲はどことなくバリトン・テナーサックス奏者のGerry Mulligan(ジェリー・マリガン)が演奏した1958年のI Want to Live!(私は死にたくない!)のテーマ曲に似ています。 ガスリーニ・コンボの演奏メンバーはピアノがジョルジオ・ガスリーニ、テナーサックスがEraldo Volonte(エラルド・ヴォロンテ)、ベースがAlcco Guatelli(アルッコ・グアテッリ)、ドラムがEttore Ulivelli(エットレ・ウリヴェッリ)です。
La Notte Strip Scene with Jeanne Moreau & Marcello Mastroianni – YouTube
私の所有する「夜」のサウンドトラックは赤いEPドーナッツ盤で、中古レコード価格は6500円だとか! 1996年に国内で11曲収録の「夜」のサウンドトラックが”Soundtrack Listeners Communications Inc.(サウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ)”でCD化(Amazon ASIN: B0000565QA)されたそうです。(Lettura Della Lettera、Ballo Di Lidia、Voci Dal Fiume、Quartetto Sotto Le Stelle、Blues All’ Alba、Valzer Lento、Notturno Blues、Finale、Jazz Interludio、Country Club、La Notte)
Blues All’Alba (La Notte Soundtrack) by Giorgio Gaslini – YouTube
ジョルジオ・ガスリーニの「La notte」のサントラ画像が見られるNew sound jazz #2: Giorgio Gaslini – La notte – ItalianSoundtrack.com
ジョルジオ・ガスリーニはMill of the Stone Women(生血を吸う女)のGiorgio Ferroni(ジョルジオ・フェローニ)が監督した1972年の「La Notte Dei Diavoli(悪魔の微笑み)」やDario Argento(ダリオ・アルジェント)が監督したの1975年の「Profondo rosso(サスペリアPART2)」などイタリアンホラー映画のサウンドトラックも手掛けています。
L’Eclisse (1962年)
ミケランジェロ・アントニオーニが監督した一番知られている映画といえば1962年にカンヌ映画祭審査員特別賞受賞した「太陽はひとりぼっち」でしょう。 この作品は1960年のL’Avventura(情事)と、1961年のLa Notte(夜)に続く 「疎外感と欲望そして愛の不毛」を描くといわれる三部作の完結編でした。 そしてこの後に制作されたIl Deserto Rosso(Le Désert rouge / 赤い砂漠)(1964年)を加えると4部作となるそうです。 音楽は再びジョヴァンニ・フスコが担当します。
「太陽はひとりぼっち」についてはAudio-Visual Trivia 内の太陽はひとりぼっち L’Eclisse
Il Deserto Rosso (1962年) & Blow-up (1966年)
私がまだ観ていないミケランジェロ・アントニオーニの作品はたくさんありますが、少なくとも「赤い砂漠」と「欲望」だけは観たいと思っています。
ミケランジェロ・アントニオーニの作品はこれまでは白黒映画でしたが、人間不信の対象が愛人からさらに広がった1964年の不毛映画「赤い砂漠」は初の赤いカラー作品だそうです。 フランス語のタイトルを”Le Désert rouge”、英語のタイトルを”The Red Desert”という「赤い砂漠」ではモニカ・ヴィッティが精神的に問題のある人妻を演じているこの作品については私は何の手がかりもないので、「赤い砂漠」の日本語字幕版DVDがリリースされているので観たいと思います。
Vittorio Gelmetti (1926 – 1992)
「赤い砂漠」では電子音楽のVittorio Gelmetti(ビットリオ・ジェルメッティ)が加わり、ジョヴァンニ・フスコが引き続き特異な映画音楽を提供しています。 イタリアで電子音楽のパイオニアとも呼ばれるビットリオ・ジェルメッティはミラノ出身の音楽家で特にエレクトロ・ミュージックに独学で取り組んでミステリアスでファンタジックな音楽を生み出したそうです。
ジョヴァンニ・フスコの「赤い砂漠」の”Il Surf Della Luna”などの曲目リストとサントラ画像が見られるDeserto Rosso – ItalianSoundtracks.com
Il Deserto Rosso opening scene – YouTube
Il Deserto Rosso Trailer – YouTube
Blow-Up: Original Motion Picture Soundtrack
ミケランジェロ・アントニオーニが1966年にイギリスで初めて監督した「欲望」もサスペンスかと思いきやこれまた不条理劇で、タイトルのBlowupとは写真の引き伸ばしを意味するそうです。 ロンドンの若い写真家を通して芸術と幻想を描いているらしいが観ても分るかどうか、とにかく観たいものだ。 激写される謎の女”ジェーン”をIsadora(イサドラ)のVanessa Redgrave(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)が演じる他、テレビシリーズの「Faerie Tale Theatre: The Snow Queen(雪の女王)」(1983年)にも出演したDavid Hemings(デヴィド・ヘミングス)がカメラマンのトーマスを演じ、Serge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)とのコラボが有名なJane Birkin(ジェーン・バーキン)などの美人女優が出演しています。 ロンドン・ファッションと共にブリティッシュ・ロックが挿入されている映画「欲望」の音楽は”Watermelon Man”や”Maiden Voyage”でお馴染みのジャズピアニストのHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)ですがサントラはバップではありません。 「欲望」ではThe Yardbirds(ヤードバーズ)のJeff Beck(ジェフ・ベック)が”Stroll On”を演奏中にいかれたアンプに腹を立ててギターをぶっ壊すシーンがありました。(過激な映像やパリピのエア・テニスの映像も見つかるかも)
Blow-up Trailer – YouTube
Zabriskie Point & Il Reporter
上記の作品の後アントニオーニは何と思ったか制作の場をアメリカに移してニューシネマを製作、ロッド・テイラーや ハリソン・フォード が出演した1970年の「Zabriskie Point(砂丘)」や、ジャック・ニコルソンが主演した「さすらい」の続編的な1974年(1975年)の砂丘で始まる「Il Reporter(さすらいの二人)」(Professione: Reporter)を監督しました。 砂漠のホテルで隣室で死んでいた男が自分に似ていたからとすり替わったジャーナリスト(ニコルソン)が女子学生と車で旅をする映画ですが、その女の子を演じるのは「ラストタンゴ・イン・パリ」のバター事件で有名なマリア・シュナイダーです。 ラストシーンのカメラワークのマジックが蝶番だなんてお釈迦様でもご存知あるまい。 そういえばドリトスを食うジョニー・デップが演じる作家からカメラが部屋の秘密の窓を通り抜けてとうもろこし畑の秘密の庭を映すシーンが2004年の「Secret Window(シークレット ウインドウ)」のラストシーンにあります。 Shoot Her!
ちなみにピンク・フロイドの音楽が印象的な70年代ロックとサイケデリックな幻覚を描いた「砂丘」で大抜擢されたずぶの素人のMark Frechette (マーク・フレチェット)は出演料の一部をヒッピーのコミューンに献金し、この3年後に銀行強盗で刑務所送りとなり、その2年後に事故死(又は不審死)したと云われています。
ミケランジェロ・アントニオーニ監督とはソリが合わなかったと云われるピンク・フロイドの3曲が収録されている「砂丘」のサウンドトラック(ASIN : B003647BPE) 試聴はZabriskie Point [Original Soundtrack]
I Film Di Antonioni, Le Musiche Di Fusco
1999年に再リリースされたサウンドトラック・コンピレーションアルバムは、ミケランジェロ・アントニオーニ映画のために作曲したジョヴァンニ・フスコ作曲のオリジナル音楽で「Il grido(さすらい)」、「L’Avventura(情事)」、「L’Eclisse(太陽はひとりぼっち)」、「Il Deserto Rosso(赤い砂漠)」から29曲を収録しています。(アルバムの最後の曲だけは1950年代から1960年代にイタリアで活躍したAldo Piga(アルド・ピガ)の音楽だとか)
試聴はI Film Di Antonioni & Le Musiche Di Fusco – Amazon.com (MP3 Download)
Giovanni Fusco: Music for Michelangelo Antonini
2006年にリリースされたジョヴァンニ・フスコのサウンドトラックには「情事」からTitoli、Tema Drammatico、Titoli: Atmosfera Tensiva、Tensione、Notturno II、Tema Grottesco、Bolero Avventura、「太陽は一人ぼっち」からEclisse Twist、Eclisse Slow 、Passeggiata、「赤い砂漠」からIl Surf Della Luna、Orgia、Neurosi、Astrale、Happy Surfなど21曲が収録されています。
試聴はMusic For Michelangelo Antonioni Giovanni Fusco: Music For Michelangelo Antonini Soundtrack – CD Universe
Scores: L’Avventura/Deserto Rosso/L’Eclisse
「3 Italian Film Scores: L’Avventura/Deserto Rosso/L’Eclisse」(Ost: Giovanni Fusco Avventura/Deserto Rosso/L Eclisse)は「情事」と「太陽はひとりぼっち」、そして1964年の「赤い砂漠」のアントニオーニ3部作から全28曲を収録した輸入盤サウンドトラック・アルバムですが試聴が見つかりません。
Giovanni Fusco (1906 – 1968)
イタリアのピアニストで作曲家で指揮者でもあるジョヴァンニ・フスコは1936年から映画音楽を手掛けていましたが、1948年から1964年には「夜」を除いて殆どのミケランジェロ・アントニオーニの作品で音楽を担当しています。 1951年のCronaca di un amoreと1961年のL’avventura(情事)ではSilver Ribbonの最優秀映画音楽賞を受賞しています。 アントニオーニの作品以外ではAlain Resnais(アラン・レネ)が監督した1959年の「Hiroshima mon amour(二十四時間の情事)」でGeorges Delerue(ジョルジュ・ドルリュー)と共に音楽を担当し、クラウディア・カルディナーレやAntonella Lualdi(アントネラ・ルアルディ)が出演した1960年の「I Delfini(太陽の誘惑)」のサントラが知られています。 ジョヴァンニ・フスコが作曲した「太陽の誘惑」の主題歌である”What A Sky(Su nel cielo)”はFausto Papetti(ファウスト・パペッティ楽団)のアルト・サックス演奏やNico Fidenco(ニッコ・フィデンコ)の歌で大ヒットしました。
白人のアルトサックス奏者であるファウスト・パペッティについては日本語ページもあるイタリアの素晴らしいサイトのファウスト・パペッティ Fausto Papetti – keros.it
AからZまでたくさん試聴できるFAUSTO PAPETTI SONGS(初めてアクセスすると小ウインドが表示され、イタリア語か英語で「リストに不足があれば運営者に知らせて」と「ページ最後の[ReadMe] を読んで」とメッセージが表示されます)
Selections from Chronicle
ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・エンニオ・モリコーネ
2000年にリリースされた2枚組モリコーネの映画音楽集には全39曲が収録されています。 ディスクの1枚目にはニコ・フィデンコの情事のテーマ曲「トラスト・ミー」の他、Miranda Martino(ミランダ・マルティーノ)の「くち紅」のテーマの”Paura”や、「Diciottenni al sole(太陽の下の18才)」でJimmy Fontana(ジミー・フォンタナ)が歌うGo-Kart Twist(ゴーカート・ツイス)トなどで、2枚目はさすらいの口笛などマカロニ・ウエスタン集です。
※ニコ・フィデンコの”trust Me”や”What A Sky”が収録されているアルバムは国内ではベスト盤のI Grandi Successi Originaliがリリースされています。(私はシングルレコードを持っていますがiTunesで最近購入した時にオリジナルバージョンでなくて大はずれ!) ニコ・フィデンコの情事(Trust me)の他に太陽の誘惑(What A Sky)コレット・テンピアの太陽はひとりぼっちなどを収録した「S盤アワーVol.3」(ASIN: B00005EJ95)があります。
Michelangelo Antonioni: The Architecture of Vision: Writings and Interviews on Cinema
アントニオーニ 存在の証明―映画作家が自身を語る
Carlo di Carlo(カルロ ディ・カルロ)とGiorgio Tinazzi(ジョルジョ ティナッツィ)が編集したミケランジェロ・アントニオーニへのインタビューとエッセイを集めた日本語翻訳本。 私は未読なので、これを読めば監督が描いた不毛の愛と絶望が理解できるかも。 砂漠とは。
この他の書籍としては羽仁進監督も”アントニオーニについて”述べている1969年出版の「アントニオーニ (1969年) (現代のシネマ〈2〉) 」(ASIN: B000J92SCA)などもあります。著者はPierre Leprohon(ピエール・ルプロオン)、 翻訳版