Group Vocal Harmony
1940年代頃に主にニューヨークの若い黒人が黒人霊歌から始めたとされるストリート・ミュージックのR & BのGroup Vocal Harmony(ヴォーカルグループ)スタイルは後にDoo-Wop(ドゥー・ワップ)と呼ばれました。 低いバスやテノールと高音のファルセットの組み合わせで美しく調和のとれた3人から5人ほどの黒人グループ・コーラスは黄金期の1950年代には白人音楽界でも人気となり、I Wonder WhyのDion & The Belmonts(ディオン & ザ・ベルモンツ)を皮切りに、Sh-BoomのThe Crew-Cuts(クルー・カッツ)、At The Hop(踊りに行こうよ)のDanny and The Juniors(ダニー&ザ・ジュニアーズ)のようなThe white doo-wop groups(ホワイト・ドゥー・ワップ)が誕生し1960年代まで流行りました。
たくさんいたグループの中でもテナーのCarl Jones(カール・ジョーンズ)を加えたDelta Rhythm Boys(デルタ・リズム・ボーイズ)は特に洗練されて上品なハーモニーでゴスペルからスウィングやポップスまで幅広くカバーしました。
Famous Doo-Wop Groups
The Orioles (オリオールズはドゥー・ワップの先駆けともいわれるSonny Til(サニー・ティル)が率いたグループ)
Ink Spots (インク・スポッツは40年代迄と短命でしたが私が一番好きなロマンティックなサウンドのヴォーカルグループでThe Gypsyが大ヒット)
Mills Brothers (Paper Dollがヒットしたミルス・ブラザーズは他のドゥー・ワップ・グループのお手本となった)
Golden Gate Quartet (ミルス・ブラザーズの影響を受けて高校生の黒人霊歌合唱団から1934年に結成されJoshua Fit The Battle Of Jericho(ジェリコの戦い)がヒット)
Marcels (マーセルズはBlue Moonが大ヒット)
The Platters (プラターズはオリオールズに続いたジャージーなグループ)
The Coasters (コースターズはコミックバンド風なグループ)
The Cadillacs (分裂したけれどSpeedoやGloriaがヒットしたキャデラックス)
The Clovers (One Mint JulepとLovey Doveyが大ヒットのクローヴァーズ)
Five Keys (ファイヴ・キーズはオリオールズに影響を受けThe Glory of Loveがヒット)
The Flamingos (Golden Teardropsがヒットしたフラミンゴス)
The Drifters (Ben E. Kingが在籍していたドリフターズ)
The Isley Brothers (Shout!がヒットしたアイズレー・ブラザーズには初期にJimi Hendrixが参加したとか)
1955年に”In the Still of the Night”がヒットしたThe Five Satins(ザ・ファイブ・サテンズ)
☆必聴 The Orioles(オリオールズ)やThe Clovers(クローヴァーズ)などのドゥー・ワップ・アーティストたちの写真や歌入りインタビューが聴けるR & B Vocal Group Interviews(The Oriolesのインタビューでは1953年に大ヒットしたCrying In The Chapel(涙のチャペル)などが聴けます)
Doo Wop
「ドゥー・ワップ」とは何かというと”Doo Wop, Doo Wah…Wah,Wah”というバックコーラスのことですが、当時のストリートミュージシャンの黒人の若者たちは貧しくて楽器が買えなかったので口で伴奏したと言われています。 一方ジャズにはアドリブでScat(スキャット)を入れることがあります。 Billy Eckstine(ビリー・エクスタイン)のYou Better Believe Itも素晴らしいですが、Ella Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)に代表されるように”Shaba daba daba-Doo(シャバダバダ)”と歌詞なしで感情の盛り上がりを即興で表現する歌唱方があり、これも声を楽器の演奏のように使っていますがドゥー・ワップとスキャットの違いはソロかバックコーラスかでしょうか。 同じくジャズでは楽器の演奏のようにアドリブで歌うヴォーカリーズ手法がありますがこれには歌詞があるそうです。
The Birth of Delta Rhythm Boys
大学の音楽教授の指導の下に1934年にオクラホマの大学で”The Hampton Institute Quartet”として誕生し、1936年にデルタ地帯にあるじゃzの発祥地のニューオリンズに移り、バス、バリトン、テナー2名とアレンジャーでもあるピアニストの5人でメンバーを組んでその地名から名付けた”Delta Rhythm Boys”として音楽活動を始めたそうです。(ニュー・オーリンズの大学生のデュオから始まったという説もあり)
「デルタ・リズム・ボーイズ」はそれまでの黒タキシードの黒人グループとは違って初めて色物のユニフォームを着用したヴォーカルグループだそうで、つまり色んな意味でカラー・バリアを取っ払ったわけです。 「デルタ・リズム・ボーイズ」だけのオリジナル曲があるのかどうかは不明ですが、伝統的な黒人霊歌の他には主にジャズのスタンダード曲をアレンジしてレパートリーとしています。
「デルタ・リズム・ボーイズ」の最大のヒット盤は終戦前の1941年に吹き込んだトラディショナルの”Dry Bones(ドライボーンズ)”とデューク・エリントンの1941年のヒット曲に歌詞を付けた”Take The ‘A’ Train(テイク・ザ・Aトレイン)”が一番有名ですが、Mildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)やRuth Brown(ルース・ブラウン)、Jimmie Lunceford(ジミー・ランスフォード)やFred Astaire(フレッド・アステア)まで当時の人気歌手のバックコーラスとして多くの録音を残しています。 とりわけElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)とは1945年にDeccaレコードからリリースされた共演盤の他にも何枚もリリースされています。
Dry Bones
「枯れた骨たちよ、主の言葉を聞け! 主なる神はこう言われる、見よ! 私はお前たちの中に霊を吹き込む すると、お前たちは生き返るのだ!」
Delta Rhythm Boys(デルタ・リズム・ボーイズ)が1941年にヒットさせた「Dry Bones(ドライ・ボーンズ)」は歌詞に”Ezekiel cried”とあるように、紀元前500年代の預言者の一人であるエゼキルが神がイスラエル再興を約束されたという白骨の散乱する”Valley of Dry Bones(干からびた骨の谷)”を訪れて骸骨を持ち帰り、神の名を唱えて生き返らせたという記述から題材を取って歌い継がれてきた伝統的なNegro Spirituals(黒人霊歌)の一つで、現在では西洋のお盆のようなHalloween(ハロウィン)で歌われる定番曲の一つとなっているそうです。 足骨から踝骨、脚骨から膝骨、太腿骨から腰骨、背骨から肩骨、首骨から頭蓋骨へと次々に上に繋がり又下がってくる愉快な歌です。
「デルタ・リズム・ボーイズ」が”Ezekiel cried, “Dem dry bones!…The foot bone connected to the leg bone”と歌った”ドライボーンズ”の歌詞はDry Bones – KIDiddles Song LyricsとDem Dry Bones Lyrics – Christian Gospeo Songs
歌詞に出てくるDemですが、Dem Bones又はDem Dry BonesはDry Bonesと同じ、つまりスケルトン(骸骨)のことです。 Dem Dry Bonesという黒人霊歌は子供たちに骸骨(人体構造)を教えるために作られたそうです。 歌詞は聖書のエゼキエル書から取られていますが作曲は教育者でもあり、1912年にThe Autobiography of an Ex-Colored Man(元黒人男性の自伝)を発表したJames Weldon Johnson(ジェームズ・ウエルドン・ジョンソン)です。
Delta Rhythm Boys(デルタ・リズム・ボーイズ)が歌ったDry Bones(ドライ・ボーンズ)は、Bob Crosby(ボブ・クロスビー)楽団のアルバムFrom Another Worldでのコーラスや、Tommy Dorsey Orchestra(トミー・ドーシー)楽団時代のRosemary Clooney(ローズマリー・クルーニー)がアルバム「Memories of You」に収録していますが、Ray Anthony(レイ・アンソニー)楽団のJam Session at the Towerがあります。 なにしろDry Bones(ドライ・ボーンズ)のテーマが骸骨ですからアルバムも霊的なタイトルが付けられ、楽団演奏ではFats Waller And His Rhythm(ファッツ・ワーラー)のThe Haunted House: 20 Tracks to Make You Jump in the Nightとか、トミー・ドーシー楽団のHalloween Stompなどに収録されています。 Tommy Dorsey楽団のDry BonesはアルバムJazz Collector Edition, Vol. 2にもにも収録されていて試聴できますがスイング(スウィング)ですからデルタ・リズム・ボーイズの”ドライ・ボーンズ”の面影はありません。
※変ったところでは歴史劇や聖書を土台にした映画によく出演したCharlton Heston(チャールトン・ヘストン)の朗読が収録されたアルバムのCharlton Heston Reads from the Life and Passion of Jesus Christがありますが、Life & Passion of Jesus Christ According to Gospelで1920年代には黒人で初めての世界的に有名なクラシックのテノール歌手であったRoland Hayes(ローランド・ヘイズ)が歌うトラディショナルなDry Bonesが試聴できます。
※多分保守的な共和党支持者で敬虔なるクリスチャンだと思われるチャールトン・ヘストンはNRA(全米ライフル協会)会長です。
「ドライボーンズ」は日本では黒人霊歌を得意とした4人グループのデューク・エイセスが昭和37年に歌ってヒットさせ、1962年のNHK紅白歌合戦に初登場しました。 デューク・エイセスのドライ・ボーンズは試聴できるアルバム「プレミアム・ツイン・ベスト デューク・エイセス、世界のスタンダードを歌う」(ASIN: B00822FIBY)にも収録されています。
英語のサイトですがデルタ・リズム・ボーイズのアルバム「I Dreamt I Dwelt in Harlem」からLittle Lize (I Love You)、アルバム「Masters of Hip Harmony」からTrav’lin’ Light,
アルバム「Delta Rhythm Boys」からBewitched, Bothered And Bewilderedがフルで聴けるDelta Rhythm Boys – SINGERS.COM
Delta Rhythm Boys – I Dreamt I Dwelt In Harlem & Just A Sittin’ And A Rockin’ (1940s) – YouTube
Delta Rhythm Boys – Do Nothing ‘Till You Hear From Me – YouTube
Delta Rhythm Boys – Paper Doll – YouTube
Delta Rhythm Boys – Undecided – YouTube
デルタ・リズム・ボーイズのアルバム
Masters of Hip Harmony
☆トップの画像はDry Bonesはもちろんのこと、Take the “A” Train、St. Louis Blues、Don’t Get Around Much Anymoreなどのスタンダードジャズを収録したアルバムです。 Mildred Bailey(ミルドレッド・ベイリー)のバックコーラスも勤めたデルタ・リズム・ボーイズでしたから、アルバム内の数曲はMildred Bailey on the Rockin’ Chair Rhythm showから編集されたものだそうです。
♪ 「Masters of Hip Harmony」の試聴はMasters of Hip Harmony – CD Universe
Jump & Jive ‘Til One O’Clock: Anthology
Dry Bonesはもちろん、St. Louis BluesやMy Blue Heavenなどのスタンダード曲をカバーした輸入盤
Jump & Jive ‘Til One O’Clock: Anthology, Vol. 2 (1947-1950)
「Jump And Jive ‘Till One O’Clock: 1946-1947」の試聴は今のところ見つかりません。
Radio, Gimme Some Jive: Performances 1941-1945
デルタ・リズム・ボーイズの1930年代と1940年代の戦時中のラジオ放送や映画のサウンドトラックの録音を収録した輸入盤で、1 Just A-Sittin’and A-Rockin、O’Clock Jump、Take the ‘A’ Train、I’m Beginning to See the Lightなどの有名なスイング曲をカバーしています。
Radio, Gimme Some Jive: Performances 1941-1945
アルバムの試聴はRadio, Gimme Some Jive – AllMusic.com
Dry Bones
オリジナルは1957年というデルタ・リズム・ボーイズの40年代からの録音を集めたアルバムで”Dry Bones”をはじめGeorgia on My Mind”や”I Dreamt I Dwelt in Harlem”の他、ラテンの”La Cucaracha”まで20曲を収録しています。 このアルバムもメンバー5人の写真が使用されていますが、テナーのCarl JonesをはじめTraverse Crawford、Kelsey Pharr、Otha Lee Gainesというボーカルの4人とピアニストでアレンジャーのRene DeKnightの5人だと思われます。
The Legendary, Vol. 5 – Ella Fitzgerald
1945年にDeccaレコードからリリースされたElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)とデルタ・リズム・ボーイズの共演盤です。
The Legendary, Vol. 5
クラリネットのPeanuts Hucko 、ドラムのBuddy Rich、トランペットのCharlie Shaversなどが参加しています。
類似したアルバムの全曲試聴はLegendary Ella Fitzgerald V.5 – AllMusic. com
The Rockin’ Chair Lady (1931-1950)
デルタ・リズム・ボーイズがコーラスで参加したミルドレッド・ベイリーのVerve盤です。
The Rockin’ Chair Lady (1931-1950)
アルトサックスがJohnny Hodges(ジョニー・ホッジス)、ピアノがTeddy Wilson(テディ・ウィルソン)、トランペットがBunny Berigan(バニー・ベリガン)という豪華メンバーです。
A Proper Introduction to Ruth Brown: Teardrops From My Eyes
デルタ・リズム・ボーイズの他に、テナーサックスがWillis “Gator” Jackson、クラリネットがPeanuts Hucko、ギターのEddie Condon、トランペットのBobby Hackett、ピアノのHank Jones、ドラムがConnie KayやRoy Haynesというメンバー構成です。
A Proper Introduction to Ruth Brown: Teardrops From My Eyes
カバー画像も試聴もないDelta Rhythm BoysのCD
Dry Bonesはもちろん、タイトル曲のI Dreamt I Dwelt in Harlemの他、Georgia on My MindやラテンのLa Cucarachaなどをカバーしているアルバムは「I Dreamt I Dwelt in Harlem」
試聴はCDカバー画像も見られるI Dreamt I Dwelt in Harlem – Amazon.com (MP3 Download)
オリジナルは1957年というアルバム「Delta Rhythm Boys」の試聴はCDカバー画像も見られるDelta Rhythm Boys – CD Universe
映画で使用されたデルタ・リズム・ボーイズのドライボーンズ
Rain Man (1988年)
Dustin Hoffman(ダスティン・ホフマン)とTom Cruise(トム・クルーズ)が共演した映画「Rain Man(レインマン)」のサウンドトラックは音楽はHans Zimmer(ハンス・ジマー)ですが、Etta James(エタ・ジェイムズ)の”At Last”や、ニューオリンズのネヴィル・ブラザーズのAaron Neville(アーロン・ネヴィル)が歌うStardust(スターダスト)と共にデルタ・リズム・ボーイズのドライボーンズが使用されています。
「レインマン」のサウンドトラックCDの試聴はRain Man [Original Motion Picture Soundtrack] – AllMusic.com)
The Singing Detective (2003年)
サウンドトラックには収録されませんでしたが、50年代を舞台にしたミュージカル仕立ての探偵映画「The Singing Detective(歌う大捜査線)」では劇中にドライボーンズを歌うシーンがあります。
こんにちは♪ koukinobaabaさん
大変、ご無沙汰してしまったのに、blogにお越しくださり、ありがとうございました。
読み応えのあるkoukinobaabaさんのblog、 これからゆっくり読みます♪
知らなかった世界が、広がります。
これからも楽しみにしています。
今後とも宜しくお願いします。
chandelierさん、私はRSSに入れてあるのでよくお邪魔していますよ。コメントは滅多にしませんが、東京の新情報はchandelierさんからゲットできるので楽しみです。
こちらもご無沙汰しております。
今回はデルタ・リズム・ボーイズ ですか。素敵なコーラスを聴かせてくれるグループですよね。以下、思いつく感想をいくつか。
“Dry Bone, 1941”は日本でもかなり有名。この曲をわたしがはじめて聴いたのはデューク・エイセスだったんですね・・・つまり、この記事を読むまではダークダックスだと思い込んでいましたから(笑)。
当時、とても面白い唄だと思っていましたが、koukinobaabaさんの解説を読むと、なるほど、子どもたちに人体の骨格を教えるため唄われたのかと、いたく納得。
おや、っと思ったのが、女性R&B歌手・ルース・ブラウンとの関係。彼女は昔からの大ファンなんですけど、デルタ・リズム・ボーイズと Atlantic のセッションで一緒にやっていたなんて知らなかった、ちょい驚きかな。
今回の記事でも、毎度のことながら知らなかったことたくさん教えていただきました。だけど、ひとつだけ、、このグループ、ジャズ・コーラスの範疇と思ってましたから、冒頭の Doo Wop やFamous Groups の解説にはちょい違和感を。
あ、でも、黒人ヴォーカル・ハーモニーの歴史の中で、 Doo Wop に影響を与えた偉大な黒人コーラス・グループには違いないですね。。
マトを得た「まじろ」さんのコメントにはビクビクしますが、再考の余地があれば記事を書き直したいと思います。(よくしかられて書き直しています。hehe)
日本の歌をレパートリとしたボニージャックスと共に日本3大コーラスと呼ばれたダークダックスも「ドライボーンズ」のレコードを出しています。
おっしゃる通り、”ドゥー・ワップ”の定義は多少違う意見もあると思います。決定的なのは若い黒人のR&Bコーラスグループであることとロックンロールのちょっと前ということでしょうか。
確かに「デルタ・リズム・ボーイズ」は大学生の聖歌隊から始まったようですから、ストリートミュージシャン達とは一線を画するかもしれませんが、その時代の若い黒人のコーラスグループであるということで”ドゥー・ワップ”のなかに入れられているようです。
いずれにせよ、””ドゥー・ワップ””とか”ロックンロール”というジャンル用語は白人が生み出したのだそうですよ。